本当は面白い?駄作と言われる映画の観方

名作や良作と言われる映画は、誰が見ても楽しめるからこそそう呼ばれるものであります。しかし数の上では圧倒的に勝るであろう凡作、駄作と言われる映画は果たしてどうなのか。楽しいこと請け合いと言いたいところですが、好みや趣味のことなので、断言することは難しいでしょうね。しかし、そんな凡作。駄作の中にはこれまで認められなかった価値を持つ名作が埋もれている可能性があるのではないでしょうか。

骨とう品や絵画には、本物と偽物が存在しますが、埋もれている映画作品にもそういった類のものが存在しているのではないかと思われます。いわゆるパクリとかパロディ作品は偽物の雰囲気がありますし、オリジナル作品とかジャンルの祖といった作品には本物の風格があるような気がします。骨とう品のように作品が一つしかないものとは違いますが、良いものは良いと感じさせてくれます。

では、偽物側はどうでしょうか。骨とうでの偽物は価値がまるで落ちてしまいます。ものの性質上当たり前ではあるのですが、本物と判別できないような偽物がある分、見分けが難しいものだと言えなくもありません。映画の場合、作品を観れば一発でわかってしまうので、素人でも容易に判別がつきます。そしてここも違いますが、パクリとかパロディといった作品でも一定の支持を得られる可能性があります。

映画は骨とう品と違い、価値の基準は人の感じ方に依存するものです。そういう意味では本物を超えてしまう可能性がありますが、そう簡単に本物を超えるようなことはありません。実際はオリジナルを超えようという性質のものではありませんので、骨とうと比較すること自体、意味を成すものではないかもしれません。

さて偽物ではないにせよ、つまらないという言葉がついてしまった映画たちが気にかかります。人知れず消え去ってしまうには惜しい気もするのですが、何か救済する手立てはないものでしょうか。もし映画に自我があればどのような気分なのか聞いてみたい気もしますが、そんなものがあるわけがない。作品の意図を読み取って、本来もっている楽しさを引き出してあげたいものです。

もし可能であれば、制作した監督に直接話を伺ってみたいとも思いますが、普通は記事のインタビューなどから読み解くことしかできません。インタビューですべての本音をさらけ出すことは多分ないと思うので、真意を完全に理解することは難しいのではないでしょうか。結局は作品そのものから、感じ取ったもので判断するしかないでしょう。

最終的には人がつまらないと判断したとしても、自分がいかに感じるのかがポイントです。もし他の人と同じようにつまらないと思えば、確かにつまらない映画なのでしょうし、違った感想があれば自分は違う価値観を持っていたということになり、つまらない映画というレッテルを回避してもいい。また逆の感想で、他人が面白いと思う作品に自分がつまらないと感じても、それはそれで興味が尽きない。そう思いませんか。

少しばかり禅問答のようになってしまいましたが、つまらないと言われる映画でもそれなりの特徴があるわけでありまして、決して存在する価値のないものとは言い切れない、奥深い魅力を持っているものだと最後に述べさせていただきます。