つまらない映画を面白く観るためには?

映画とは本来、楽しむための娯楽作品だと思います。しかし制作側のミスなのか、受け手側の観客が見落としているのか、娯楽として楽しむことができない作品のなんと多いこと。一部においてカルト的人気を博する作品もありますが、それは万人が認め、楽しめる映画とは言えないでしょう。こうした映画はつまらなく、人気もなく、駄作などと烙印を押されてしまう運命をたどります。

いわゆる駄作とされてしまった映画は作品の出来が今一つです。何らかの理由により妥協せざるを得なかった作りの甘さ、観る側からは共感できないストーリー、キャスティングミスなど失敗とも呼べる様々な要因があるものですが、中には製作スタッフの意気込みが空回りしてしまったと思える残念な作品も散見されます。いずれにせよ駄作と言われる作品には何らかの失敗がつきものです。

ではそういった作品には魅力が無いのかと言えば、決してそんなことはありません。欠点があるからと言ってもそれは作品を占めるごく一部のこと。そのように理解してあげられるのならば、多少のことは気にせず作品に打ち込めるかもしれません。そして見方によっては、その欠点こそが作品の味わいとなって効いてくることもあります。

駄作をかなり擁護しているように思われるかもしれませんが、それだけのことではありません。観る側のちょっとした工夫によって、数々の駄作が鑑賞に堪える作品に昇格できるかもしれないのです。たとえ世間一般の評価が低いままだとしても、自分が楽しむことができたとすれば、それはある意味大きな収穫を得たと思えないでしょうか。それは独りよがりなうぬぼれかもしれませんが、映画に対する理解が深められたという認識です。

時代とともに名作となった映画たちを楽しむ

名作と呼ばれる作品にも、当初の評価が低かったものがあります。時間を経たことにより価値観に対する認識が変わってきたなど、作品を取り巻く状況が価値を変えることがあるからです。これは映画に限らず、芸術分野や歴史上の人物にも当てはまることで、時代により変化する認識というものは自然科学など学問分野においても該当する事柄でしょう。

ならば、今は駄作と評価されている作品もやがては名作として生き残るものが出てくるかもしれません。その可能性はそれほど低いものでもないのではないでしょうか。ただ、再評価されるかどうかは、後の時代に譲ることになるでしょう。そうは言っても、今、この時に駄作として埋もれさせてしまったままであるなら、再評価を受ける前に消滅してしまう事もあり得るのです。

これはある意味、芸術作品の喪失とも言えるものかもしれません。芸術の喪失などと重要な事ではないとしても、駄作の山に埋もれてしまうダイヤの原石があるとすれば、実にもったいない話ではないでしょうか。こうした喪失を防ぐためにも、そんな駄作群を再び見直して、正当なあるいは絶対的な価値を見出すことこそ、これからの世代に受け継ぐ遺産なのではないかと思われるのです。

いささかオーバーではありましたが、駄作には駄作なりの楽しみ方ができると信じています。少々のことは目をつぶり、今までに感じなかった魅力を見出し、駄作映画を愛していくことができたのなら、映画という作品がこれまで以上に豊かなものと感じられるようになるのでないでしょうか。

archive

archive

archive

archive