観方を工夫すればダメな映画もこんなにも面白い!

つまらない映画なんて観たくない、そう思うのは映画好きな人間ならば当然のことです。いろいろ情報を集めて吟味して、これは面白そうだと観てみたものの、期待外れに終わってしまった映画のなんと多いこと。でもそれはもしかしたら、気のせいだったのかもしれません。今一度、これまで観てきた数々の映画を思い起こしてみてください。それは本当につまらなかったのでしょうか?

数多くの映画を観てきて、つまらなかった映画との接触を思い出すことはできますか? もしかしたら映画を観たこと自体忘れてしまっているような作品も中にはあったりしませんか? そんな印象の薄い、記憶の彼方に消えてしまったような作品は、やはりつまらないものといえるのでしょう。しかし、当時の記憶も薄れるくらいの時間が経っているのであれば、再びその作品を観た時に印象は変わっている可能性がありはしないでしょうか。

絵画などでは画家の死後、急激に評価や価値の変化が起こることがあります。映画でも主演した俳優の死後、その映像ソフトの需要が上がったりすることがあります。こういった状況でなくとも、時代によって評価が変わる映画がありますよね。人間だって時間の経過によってものの考え方や嗜好が変わってきたりします。こういうことは特に珍しいことでもなく、よく聞いたりすることですね。

そういうことであれば、以前観た映画だって時間の経過とともに印象が変わっていたとしても不思議ではありません。当時つまらなかったものでも、観返してみると満足できる作品として評価されることもあり得ますね。また嗜好が変わっただけではなく、当時は理解できなかった事象が年齢とともに経験を積んだことにより、理解できるようになったことで同じものでも感じ方に違いが現れることもあるでしょう。

もし、それを自覚できるのであれば過去に観た、つまらないと感じた映画を再び観ることをお勧めしたいと思います。当時感じたつまらなさが今となって面白さに変化しているかもしれません。この推測が当たっていたら、過去に無駄だと思われていたガラクタのごときつまらない映画が、自分にとっての価値ある宝石のように感じられることもあるはずです。あるいはつまらないと思った映画が輪をかけてつまらないと感じることがあるかも。

またひょっとしたらなのですが、当時好きだった映画や傑作と感じた映画にも変化が生じてしまっている可能性があります。こちらの場合は好きだったものがつまらなく感じてしまうかもしれませんね。またあるいは好きであった映画がますます好きになるという可能性もあることでしょう。

こうしてみると、昔観た映画が自分の感覚などの変化によってどういう印象になっているのか、実験してみたくなりませんか。これは映画だけでなく、さまざまなことに応用できそうです。でもここは取りあえず映画に絞って実験してみてください。こうした実験で自分の内面の変化を実感できることでしょう。ただ、自分の変化に驚いてショックを受けるような事態になるかもしれない事を覚悟する必要があるかもしれませんね。